東京地方裁判所 昭和35年(ワ)3366号 判決 1961年1月28日
原告 渡辺一
右訴訟代理人弁護士 今川一雄
被告 日東物産商事株式会社
右代表者代表取締役 鈴木政一
被告 岩本義一
右被告両名訴訟代理人弁護士 落合長治
同 深沢守
主文
一、被告等は被告日東物産商事株式会社において原告から九〇一、三一二円の支払を受けるのと引換に別紙第一目録記載の建物を原告に対し明け渡さねばならない。
二、原告のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用は全部被告等の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一、原告がその主張の本件土地(その坪数については争があるが、その同一性に疑がある訳ではないので原告提出の第二物件目録添附図面により原告主張のとおりの坪数のものと認める)の所有者であること、被告等が、右土地上の本件建物を占有し、かつ、同土地を占有していることは当事者間に争がない。
二、成立に争のない乙第三号証、証人奥平俊子、同林田政治、同金沢恒夫の各証言及び同各証言によつて真正に成立したものと認める乙第一〇号証、同二号証の一、二によれば被告等が本件建物の占有をしているのは、もとその所有者であつた訴外斎藤シズエからそれを譲り受けた訴外加賀谷隆治からさらに被告等主張の頃被告会社がそれを譲り受けてこれをいわゆる社宅とし、被告岩本は被告会社の社員としてこれを住居に利用していることによるものであり、右訴外斎藤、同加賀谷、被告会社間の右各譲渡日時はほぼ被告等の主張する日時頃であること、原告は右訴外斎藤及び同加賀谷間の本件建物譲渡に附随する本件土地の原告からの借地権譲渡については一〇万円のいわゆる名義書替料を受領してこれを承認したこと、被告会社も右建物譲受にともなつて訴外加賀谷から本件土地の借地権を譲り受けたものであること、そしてその各譲渡された借地権の内容は賃料の定については一ヶ月一坪三〇円か三五円かの点の相違はあるがその他は原告主張のとおりであることを認めることができる。右賃料の額は本件ではそれ程重要ではないからあえて判断しないが、原告の借地権譲渡承認は明に訴外斎藤及び同加賀谷間のものに対するものであつて、被告の借地権譲受を含むと認めるべき十分な証拠はなく、以上の情況事実を以つてしてもまた被告等主張のように原告の右承諾が借地権譲受人を特定しないでなされたものともみられない。
三、そこで被告等の権利らん用についての抗弁についてみるのに、前出各証拠にさらに証人渡辺武の証言を併せ判断すると、原告は相当多くの貸地を有する地主で、本件土地は結局貸地として利用するものであること、訴外斎藤の借地期間は約二年位であり、訴外加賀谷は借地譲受について原告の承諾を得たとはいうものの一度も本件建物を現実に占有したこともなく、僅か数日でこれを本件借地権とともに被告会社に譲渡すべく約定したものであること、被告会社はわが国における一流会社の傍系会社でその信用力に欠けるところのないこと、また同会社は同土地を従来どおり住宅の敷地として利用する目的をもつもので、土地利用上に格別従前の借地人と異なるものがないこと、すでに訴外斎藤と同加賀谷との間の借地権譲渡に関して原告に支払われたいわゆる名義書替料一〇万円は決して安過ぎるものではなく、数日の後の同再譲渡に関して再び右書替料の支払を期待するのはいささか一般の慣行上過当の期待であるらしいこと、それにもかかわらず原告が被告会社への借地権の譲渡に承諾を与えないのには、仲介人等の不手際も加つて原告の感情をいたく害したことによるらしいこと等が認められ、右認定に反する程の証拠はない。
以上認定事実によると原告の右譲渡不承認は権利のらん用として非難され得る余地が全くないとはいい得ないもののあることは被告等主張のとおりである。しかし、他面において、前出各証拠を綜合すると、被告会社は右借地権の譲受に当つては仲介人の不動産業者等の交渉や言動を信頼するの余り、借地権譲受後直ちに原告方に借地譲受の申出をすることもなく、賃料支払も適時にすることなく、却つて原告方で被告会社が本件建物所有者であることを探し求めた上、原告の管理人的立場にある原告の弟が被告会社に出向いた際も被告会社側では心よく応対せず、むしろ悪徳地主として扱うような態度もみせるなどして原告の被告会社への今後の貸借関係上円満な交渉を持ち得ないと心配させる言動のあつたことをも認めざるを得ず、これについても別段の反証はない。
以上の各認定事実と法律が借地権譲渡について地主の承諾のない場合に関しいわゆる地上建物買取請求権を認めて借地権譲受人の立場を最少限ながら保護している趣旨とを比較考量すれば、原告の前記不承認を以つてまだ権利のらん用というに足らぬものがあるとせねばならない。
四、そうとすれば、被告等は右譲受の借地権を以つて原告に対抗することはできないものとせねばならないし、被告会社の本件建物買取請求権の行使のみが残された権利であるとせねばならない。そして被告会社がその請求をしていることは事実欄記載のとおりであり、その権利行使が可能なことは前認定の事実から明であるから、これによつて本件建物はすでに原告の所有に帰したものというべきところ、右買取の価格は鑑定人雑賀武四郎の鑑定の結果によれば、被告申立の価格のとおりであることが認められるので、被告会社は原告からその価格の支払があるまでは、本件建物を留置して占有する権限があるものというべきであり、また被告岩本も被告会社の右留置権行使に伴つてなおこれを占有し得るものということになる。
そこで被告等は原告において被告会社に対し九〇一、三一二円を支払うのと引き換えに本件建物を原告に明け渡すべきものとし、その請求は原告の本訴請求中に当然含まれるものと解されるので、その余の原告の請求を棄却するものとし、ただ以上認定の事実関係から原被告に対し和解の勧告を続けたが、未だその成立をみなかつたけれども、なお、同人等で示談交渉を続けるべきことを期待して仮執行の宣言を附さないこととし、民事訴訟法第九二条、第九三条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(判事 畔上英治)